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| 知事選2006 |
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村井仁 69 無新
元国家公安委員長兼防災担当相。旧通産省勤務を経て、衆院長野2区などで当選6回。05年に郵政民営化関連法案に反対し、衆院選不出馬。東大経済学部卒。長野市。
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| 第一声要旨 |
「田中県政に終止符を」 地域住民との対話を重視 県民が本当に求めているものを現県政は満たしているだろうか。政治は結果が問われる。田中知事は良いアイデアはあったが、生み出したものがない。非常に残念だ。岡谷で土石流があったが、このようなことは6年間常に憂慮されてきた。未然に防ぐ仕事を他県は重ねているが、長野は止まっている。理念を優先するがため、何も手立てを講じてこなかったことが明らかになった。正に天の戒めだ。地域が求める声をくみ上げてきたかも疑問。地域の声に謙虚に耳を傾けるのは当然で、対話を通じ最終的に物事を決める過程をしっかり行いたい。何が県民益になるか把握し、あらゆる手段を駆使し実現することが大切。国の金を使っちゃいけないことはない。使えるものは使えば良い。観光、環境、福祉、少子化対策、どれも大切だが、基盤は豊かな経済力。いかに維持するかが課題だ。建設的な発言を重ねて多くの県民の理解を頂き、田中県政に終止符を打つ。くまなく歩き、県民の声に耳を傾ける。長野県の新しい明日を切り開くため、一緒に頑張ろう。
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| 初日の動き |
長野駅からスタート 村井候補は午前9時前に長野市のJR長野駅前で第一声を放ち、「地域の声に耳を傾け、対話の過程をしっかり行う。田中県政に終止符を打ち、長野県の新しい明日を切り開く」と訴えた。 午後から岡谷市の土石流被害を見舞うため、村井氏は上下ベージュの防災服と長靴姿。決意表明に先立ち、犠牲者らに黙とうした。 訴えでは「田中県政は良いアイデアはあったが、生み出したものがない。政治は結果が問われる」と指摘。岡谷の土石流災害を例示して、「理念を優先するがために(未然に防ぐ)手立てを講じなかった」と非難した。 地域住民との対話を大切にする姿勢も強調。「いたずらな批判や変更ではなく、真の改革を実現する」と呼びかけた。 安川英昭・県経営者協会長は村井氏の人柄や、国家公安委員長兼防災相を務めた経験などを挙げ「村井氏で県政の立て直しを」と支援を要望。自民党の小坂憲次・文科相は「田中知事は実行力がなく、県職員の力を引き出せない。信頼と安定、知識と判断力、決断力を備えた村井氏が今こそ必要」と応援した。 現職に対する候補の一本化のため、出馬を断念した長野市の公認会計士、若林健太氏や、連合長野の近藤光会長も支援を呼びかけた。
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| 候補の横顔 |
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一度は政界を引退したベテランの背中を、市民団体や県議などが押した。「反田中でなく、超田中」。愛する故郷のため、現県政を超える改革を目指す。
道州制時代を見据え、市町村の自主性を尊重。「権限と責任を委譲し、県内81の基礎自治体を強くすることが大切。81色に輝く地域をつくる」を理念に掲げる。現県政を「主役は県民でなく知事」「知事閣下にひれ伏す実状」と批判し、「私は権力のない知事になる」と言い切る。
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幼少期を木曽町や松本市などで過ごした。松本深志高時代に父が急逝。東大を卒業し旧通産省に入るまで、新聞配達や家庭教師などで家庭を支えた。
通産省で科学技術や防衛など幅広い分野を担当。衆院選は6回当選。第一次小泉内閣で国家公安委員長兼防災担当相を務め、「9・11テロ対策」や「日韓W杯の警備」などの重責を果たした。
昨年の郵政民営化法案で「政府案では民業圧迫になりかねない」の主張を貫き、反対票を投じたため、衆院選で自民党の公認を得られず国政から退いた。
信念は「言ったことは必ずやる」。周囲は人柄や決断力、対話能力などを評価。趣味は読書やゴルフ、男の手料理。長野市で妻と暮らす。69歳。
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