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| 4・13長野県議選挙 〜下伊那郡区〜 | |||||||||||
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| 候補予定者に聞く〜森田氏〜 | |||||||||||
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| 力強く第一声・森田氏〜 | |||||||||||
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| 横顔〜森田氏〜 | |||||||||||
| 昭和29年、豊丘村4Hクラブの会長に就任し、農業青年の意気を学んだ。32年に村の青年団長に。そして、34年に村議会議員に初出馬して当選。これを機に本格的に平和運動、新生活運動、農政運動など、いわゆる政治活動に情熱を燃やしていった。 中高一貫教育だった当時の下農中学1年の時に、あの終戦で若い命が南洋の海に散り、満蒙開拓で同級生も大陸の地に消えた戦争の悲劇が頭から離れず「護憲平和は日本の心」という思想を、今も固く持ち続け、それが政治の原点に。 下農では野球に熱中し、外野で5番打者。弟2人も野球部の選手として鳴らし、俗にいう野球一家だった。高校卒業後はまっすぐ専業農家の道に。米、養蚕、酪農から果樹生産に経営を転換し、桃は11トン収穫、村一番の生産をあげ、知事賞を受賞したこともあった。 青年運動では、青年団長として平和や新生活運動、昭和の大合併を議論した。 「あの頃は乳も桃も儲かったなあ」と述懐する森田さん。冬は土木作業、山仕事、モッコ担ぎで堤防づくりに励んだこともある苦労人だ。豊丘村河野の自宅に、督子夫人、長男夫婦、孫2人の6人暮らし。 |
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| 候補を語る〜森田派・三島とくよさん | |||||||||||
| 森田さんの勉強熱心なところは、ただただ敬服するばかりです。常にその時々の社会情勢を見極め、しっかり状況判断した上で行動します。自分の利害に関係なく、地域社会への正確な対応がとれる数少ない人だと断言できます。しかし、その誠実さが故に、嘘がいえないことも少なくなく、時には誤解される場合もあるようです。私は、とにかくその人柄が大好きです。 また、自分の車にはいつもゴム長靴、ジャンバーを入れ、僅かな時間も惜しんで現場に直行する姿勢は、頭が下がります。申請した事業が着工した場合には、工事の進み具合にも目配りしながら、各地域の人達とのふれあいを深めています。 常に自分の選挙区である下伊那17町村のことが頭から離れず、それが政治活動の原点になっているのです。そんな献身的で精力的な人は、私がこれまでに出会った数ある政治家の中では、まずいません。また、どう見ても70歳になったとはとても見えない若々しさがあり、まだまだ元気で頑張って欲しいと思います。本人の座右の銘は「誠実一路」だそうですが、まさにこの言葉にふさわしい人です。私が太鼓判を押す最高の候補です。 必ず六選を果たすことを信じています。 豊丘村河野、主婦、71歳。 |
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