島崎藤村の小説「破戒」のモデルとされる教育者、大江磯吉(1868―1902年)のブロンズ胸像除幕式は7日、飯田市下殿岡の円通寺で開かれた。胸像建立の会(片桐弘彰会長)の会員や関係者、寄付者など80人余が参加。大江磯吉の遺徳を顕彰する象徴としての胸像建立を祝った。
胸像建立の会はことし4月、大江磯吉が公立下伊那中学校(飯田高校の前身)の第1回卒業生であることから、飯田高校同窓会の有志らが会を立ち上げた。当初は飯田高校の校地に建設を予定したが、同窓生でない人も気軽に訪れることができるように建設地を変更。最終的に大江磯吉が学んだ知止小校があり、菩提寺でもある円通寺が選ばれた。
胸像の製作には、飯田高校出身、東京学芸大学大学院在籍中で湘北短期大学の非常勤講師、白日会会員、日本彫刻会会員の南島和也氏(31)があたった。南島氏は、下伊那教育会館と伊賀良小学校の大江像2体も制作している。
半年間にわたる活動を振り返って、円通寺の住職でもある片桐会長は「二転三転した建立場所がここへ定まったことは、なにか故あってのことではないか。像の建立は終着点ではない。今日殊に望まれることは、忍と力のある人物を育てること。この像がその行動のきっかけになるように」と話した。
来賓として宮下忠伊賀良自治会長、長坂好忠飯田高校同窓会長、大江磯吉研究家の東栄蔵氏があいさつ。東氏は「大江磯吉は信州教育の大先駆者として全国に発信すべき人物。そのモニュメントとして胸像が建立されたことはひとりの県民として心からうれしい」と語った。
また、祝宴では、兵庫県柏原高校から訪れた大江磯吉研究家の荒木謙氏が、柏原中学校2代校長としての大江磯吉について語り、当時としては先駆的な学友会(生徒会)の設立に尽力したこと、のちに内閣総理大臣となった芦田均に大きな影響を与えたこと、柏原高校の100年記念誌に大江校長が大きく取り上げられたことなどを報告した。
大江磯吉の遺徳を顕彰しようとする数多くの教育関係者や地域住民が集まり、大江磯吉を題材にした祝吟、琵琶の演奏なども披露された。
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