2003年11月2日 >>>戻る
クレーターの坂本さんが講演

 「上村の御池山(おいけやま)にある半円状の地形がクレーター(いん石孔)の一部」と発表し、話題となった飯田市竜丘小学校教頭、坂本正夫さん(56)=同市上郷黒田=の特別講演会が26日、市美術博物館であった。「国際登録の見通しとなった御池山いん石クレーター」と題して講演。科学ファンや一般市民ら約110人が、クレーターにまつわる話に熱心に聴き入った。

 坂本さんは長野市出身。信州大学教育学部で地質学を専攻した。理科教員として県下各地の学校に勤務。20年前、御池山の地質研究で半円形の地形を発見して以来、クレーターの調査研究を続けている。

 坂本さんは始めに「20年間というのは、研究として認められるまでの研究。『天体の衝突学』というような研究のスタート段階です。これから除々に高まっていくという段階なので、承知していただきたい」と前置きしてから、これまでの研究成果について語り始めた。

 まず月の表面の写真を映し出した坂本さんは、「月には沢山のクレーターがあるのに、地球にはわずか160個しか見つかっていない。それは空気と水により、浸食して削られてしまったからだ。御池山のクレーターもそれと同じ。極めて醜く、崩壊してしまいそうなクレーター」と説明。続けて、世界各地のクレーターをスライドで映し出した。

 御池山とよく似た形状のクレーターとしてあげたのは、月のチコクレーター。坂本さんは「きれいな円の外側が凸凹した地形になっている。御池山の地形にそっくり。こういうクレーターがあることが分かって、自信を深めた」と振り返った。

 スライドは各所からとらえた何枚もの御池山の写真。「御池山クレーターの円形地形の外側にある凸凹」にこだわった坂本さんは、現地の地形と地質を調査した。すると、その凸凹の後ろに切っても切り離せない地形がくっついているのを発見した。地形と地質が合わない。

 「ある日ある時、突然地球上で出来たもので説明できないのなら、宇宙から降って来たことで説明できないだろうか、と思いついたのが研究のスタートだった」と坂本さん。

 マスコミを沸かせた御池山の写真は、新聞社のヘリコプターで上空3000メートルから撮影したもの。同乗していた坂本さんは、自分で撮影したその時の写真をスライドで映し、クレーターについてのさらに詳細な分析結果を発表した。

 御池山クレーターは、チャートという地層の上にある。そのチャートを拡大すると、石英質に脈(筋)になっている部分がある。脈部分を、さらにプレパラートにすると、石英の組織が切れているのが分かる。

 「一つの鉱物がずたずたに切れるというのは、地球の内部では絶対にできない構造」と坂本さん。顕微鏡で見ると、チャートの石英では断面の凸凹にガラスが乗っている。それは瞬間的に溶け、次の瞬間に冷え固まったことを意味する。坂本さんは、これも「地球上では普通、絶対に出来ないこと」と説明した。

 御池山の砂岩の地層には、割れ目が走っている。クレーターの中心に向かい、地層と明らかに違う方向に切れている。クレーターの中心から同心円状に割れる割れ目と、中心から放射状に割れる割れ目が同居していることを、坂本さんは「世界に共通するクレーターの特質」と分析した。

 このほかにも「重力異常」や「地磁気の異常」など、クレーターとしての有力な要素を示し、御池山クレーターを、いん石クレーターとする裏付けを重ねた。

 測定により、クレーターが形成された年代を2―3万年前と特定した坂本さんは、この時代を「ウルム氷河期の真ん中あたり、日本では後期旧石器時代」とした。

 いん石の直径は45メートル。その衝突については「小中学校の体育館ぐらいの大きさの物質の固まりが落ちて来た、と考えたらいい」とたとえた。「いん石の衝突により伊那谷に大災害があった」ことを強調する坂本さんは、その検証のために考古学分野からの調査協力も依頼していることを明かした。

 最後に坂本さんは「いん石は実は、ほとんど地球上にある物質と同じ色をしている。私も20年間いん石を探しているが見つからない。難しいんじゃないかとも思うが、これからもいん石探しをやりたい」と意欲を語り、講演を締めくくった。

【村澤 聡】


選挙戦は残り1週間に
リニア連続走行距離更新
クレーターの坂本さんが講演

製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース