2004年2月17日 >>>戻る

松川町名子で御柱の山出し


伐採した御柱を山出しする名子の氏子衆(大島の小横沢地籍で)

 奥山の大木が里に下りて神になる、ヨイーショレ―。松川町名子の神護原神社(野神善造宮司)関係者が15日、大島の町有林から御柱の伐採や山出し作業などを行い、4月4日の式年御柱大祭に向けて汗を流した。

 同神社を氏神にする名子地区は、町内で最も大きな区。戦後まもない頃に比べ、今では当時の3倍以上も人口が膨れ上がり、御柱祭の規模も回を重ねるごとに拡大している。

 この日は、大祭委員会(委員長・島田弘美区長)をはじめ、式典委員会(小沢英雄委員長)、神社総代、木遣り保存会など関係者80人余りが大島の小横沢地籍に集結。

 一昨年に見立てた2本の御柱の近くに仮祭壇を設け、野神宮司の神事で伐採と山出し作業の安全を祈願した。この後、伐採の儀に。「一之柱」に「薙鎌(なぎがま)」を打ち込み、木遣り衆が元気よく「山の神様お願いだぁ〜」と大合唱。

 そして、花火を合図にチェーンソーがうなりを上げ、松の大木を伐採し、重機を使って林道に引き下ろした。一之柱は樹齢86年で、根本の太さは直径約70センチ。二之柱も樹齢83年で、2本とも松の大木。

 周辺一帯はまだ積雪30センチ以上もあり、倒れた御柱を枝打ちしてから林道に引き下ろす作業に難渋した。しかし、時間の経過とともに作業の要領を会得し、3時間ほどで林道に引き下ろした。

 そして、全員で曳行した後は、県松川青年の家近くまで重機で山出しを行い、これをトラックで名子公民館駐車場に搬送。2本の松の大木は長さ11メートルに切断され、併せて皮向き作業をして仕上げた。

 同神社の御柱祭は、御柱の曳行とともに当日は獅子舞や、小学生が扮するお亀踊り、花踊りも奉納する賑やかな祭典で知られている。島田大祭委員長は「2本の御柱は無事、山出しを終えた。今後は周到な準備を進め、このお祭りが全区民の心を一つにする機会になるよう、大島郷ならではの伝統ある祭典にしたい」と話していた。


泰阜村が長野市にFAX「知事は村民」
新たな自治体運営の検討報告書
松川町名子で御柱の山出し

製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース