2004年4月21日 >>>戻る

アルバック東証一部上場
中村社長は飯田市出身

東証1部に上場した
アルバックの本社
(神奈川県茅ヶ崎市)
中村久三社長

 真空装置・機器など先端製品の製造・販売会社「アルバック」(中村久三社長、本社・神奈川県茅ケ崎市)が20日、東京証券取引所の1部に新規上場した。中村社長は飯田市上郷黒田出身で、高陵中学校、飯田高校の卒業生。57歳。飯田下伊那地方出身者として3人目の東証1部上場企業現役社長が誕生した。

 「アルバック」は旧社名「日本真空技術株式会社」として1952(昭和27)年8月に創業。真空技術を基盤とした研究開発型企業で、エレクトロニクスや情報通信、エネルギー、環境、輸送、医薬品など広範な分野に、生産設備を中心とした高度な先端技術製品を提供している。

 資本金は38億5000万円。従業員は本社員1178人。アルバックグループとして国内外に計38社あり、連結で従業員総数3648人。03年6月期の売上高(連結)は1274億7200万円。

 常に技術優位を心がけた経営を目指し、独創的な人材の発掘と活用に取り組んでいることで知られ、国内特許460件、国内実用新案12件のほか、外国特許も米国63件、ドイツ44件、英国22件などを保有している。

 中村社長は飯田高校を65(昭和40)年3月に卒業(高17回生)し、東北大学工学部に進学。同大大学院博士課程(金属材料工学専攻)を修了し、日本真空技術株式会社に入社。真空基礎技術・応用プロセスの総合的な研究開発に当たっている同社の千葉超材料研究所(千葉県山武町)でビデオテープ、ハードディスク、光ディスクなどの開発に従事し、同研究所専門室長、同研究所長、同社常務取締役(開発担当)と歩み、96年9月から社長に。

 中村社長は公職として日本真空工業会会長を経て副会長、日本金属学会理事を経て評議員などを務めているほか、今年4月、国立大学法人となった母校東北大学の経営協議会委員に就任した。

 飯田下伊那地方出身の東証1部上場企業の現役社長はこれまで、カルピス(本社・東京都渋谷区)の武藤高義社長(飯田高8回生)と、ユニー(本社・愛知県稲沢市)の佐々木孝治社長(同17回生)の2人だった。



 大学時代は学生活動家。就職は学生に人気の大企業ではなく、小さな会社の研究所へ。そこで技術開発一筋の道を歩み、従業員総数3600余人に成長した企業グループのトップに―。東証1部に上場した「アルバック」の中村久三社長は独創的な生き方を貫く経済人である。

 東北大学の学生時代は、本人の表現を借りれば「授業に出ないばかりか、教科書の代わりにビラを持って、総長や学部長と団体交渉をしていた」という。その本人がこの4月、母校の大学経営や総長の選考にかかわる立場の経営協議会委員に就任したのだから、その人生はますます面白い。

 もちろん、大学時代は学生運動だけをしていたわけではない。研究にものめり込み、「Fe―Cr―Co磁石」というまったく新しい合金系永久磁石を発見・発明。この磁石は現在も製造されており、磁石の教科書には必ず出てくるという。

 大学院博士課程終了後は「非常に小さい会社の出来たばかりのみすぼらしい研究所」(旧日本真空技術株式会社千葉超材料研究所)に入社。ところが、この会社と研究所が「自由闊達な社風で、世界一の技術を目指しており、貧乏ではあったがいつも夢に向かって輝いていた。社員はやりがいのある仕事ができるのでみんな元気」だった。

 中村氏は同研究所で21年間、技術開発に没頭。同社は製造装置の分野によっては世界トップのシェアを持つ企業に成長し、中村氏は96年、急病になった先代社長の後任に任命された。

 そんな中村氏について、飯田高校の1年生当時同級で、同じ東北大学に学んだ羽生郁久・羽生循環器科内科医院院長=飯田市=は「高校時代の彼はいつも胸のポケットに削った鉛筆を何本もさしていて、紙に数学の計算を書いていたことを覚えている。問題の答えをあてるだけでなく、なぜそうなるかを常に自分の頭で考えているという印象だった」と話す。

 同じく飯田高校、東北大学と一緒だった、都市計画・まちづくりコンサルタント会社「ユーピーエム」の平澤薫代表取締役=横浜市=は「東北大学では寮も一緒だったが、彼は学生運動にうち込み、セツルメント(資本主義下で生み出された生活困窮者の救済活動)をずっとやっていた。物事をつきつめて考えるタイプで、大学卒業後は研究一筋というか、ほかのことにはわき目もふらず取り組んできて、今日があるのだと思う」と語る。

 中村社長は飯田高校17回生全員が卒業時に書いたひと言集に「未完成だっていいじゃあないか、自分の道をどんどん行く……。『どうにかなる』なんていやだなあ」という言葉を残していた。

 そして17回生が最近、それぞれ自分の職歴や近況を綴った文章の中で「いまの私の目標は、大げさに言えば、日本の製造業のあるべき方向を身をもって示すことです」と書いている。

 何と独自で、果敢な、信念に貫かれた人生ではないか。その志の高さに敬服し、これからの中村社長の活躍を祈りたい。

【平沢忠明・飯田高17回同年生】


製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース