2005年1月1日 >>>戻る

21世紀担う新世代「がんばる若手」


歌手・タテタカコさん

 「いろんな所に行けたのがうれしかったです。いろんなミュージシャンに会い、度肝を抜かれたのもよかったです。知らない土地で、初めてのお客さんの前で歌わせてもらえる機会がありました」

 めまぐるしく過ぎ去った2004年は、タテタカコさんにとって「人との出会いの大切さ」を実感した1年だった。

 是枝裕和監督との出会いが、カンヌ映画祭出品作品『誰も知らない』の挿入歌に、自作曲の『宝石』が起用されるという夢のようなチャンスにつながった。大手レーベル「バップ」からリリースされたアルバムが好調なセールスを記録し、映画やテレビへも出演。『宝石』は、ケータイ着信メロディーやカラオケとしても世に出回っている。

 「そうしたことの一つひとつが『人との出会いだったな』と思います。相手が興味を持ってくれないことにはできないことだし、その出会いが先につながっていくから」

 古くからの知人や友人は、「これだけの才能が世に出ないはずはない」と信じていた。それだけに、これらの出来事は彼、彼女らを狂喜させたが、タテさん本人は驚くほど冷静に受け止めている。好調なCDの売れ行きにすら、ほとんど興味がない。最大の関心事は、目前に迫ったライブのこと。「自分をいかにさらけ出すか」に全身全霊を注いでいる。

 プロデュースを手掛ける「ネーブルファクトリーワークス」(本社=飯田市下久堅)の宮内俊宏さんは、こう分析する。「誰もがタテさんになんらかの感慨を期待すると思うが、自分のことではないかのような目で見ている。この客観性が影響力のある表現に結びつくんです」

 「優れた才能の持ち主は都心に集中するもの」という世間の固定観念は、タテさんによって完全に崩され、名ばかりの「地方の時代」は終わりを告げた。2005年もこれまで通り飯田市に住み、必要に応じて各地に出向くというマイペースな活動を続ける。東京や京都で定期的に開くライブは、回を追うごとに動員数が増え、立ち見が出ることも珍しくなくなった。どこへ行っても臆せず使う飯田弁で、場内はほのぼのとした雰囲気に包まれる。

 40-50代のベテランミュージシャンのライブに足を運んだり、歴史ある九州の寺で歌う機会があった。そのたびに「息の長い活動を続ける」という目標は、より強固なものになった。「『あの年になるまで自分も歌っていたいなあ、何十年か先にまたここで歌いたいな』と思いました」

 そのために2005年は「数をこなすのでなく、一つひとつの場所を、自分を確かめながらじっくり味わいたい」と、自分自身に言い聞かせるように話した。

 2月23日にリリースされる待望のセカンドミニアルバムには、近作から大学時代の作品をベースにしたものまで、新旧7曲が収録される。前作のジャケットには『誰も知らない』に出演した柳楽優弥君ら子役の写真が使われたが、今回は飯田市内の街中で撮影されたタテさん自身の写真になる。

 ある意味で真価を問われる次回作は「いろんな側面から見た自分のことを歌っています。内容的には濃いような気がします」。出来ばえに自信をのぞかせた。


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製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース