2005年3月3日 >>>戻る

松岡城址に巨大な横堀

 高森町の松岡城址公園愛護会(北沢富夫会長)は、このほど関係者30人余りが参加して本城から南城に通じる進入路の整備に汗を流すとともに、業者が行っている本城北側一帯の竹林伐採現場を見学したところ、巨大な横堀が姿を現し、改めて堀の大きさを再認識した。

 下市田の段丘上に位置する松岡城は、南北朝の争乱のころ築城したもので、その後も戦国時代にかなり大きな修築が加えられ、約200年間にわたって松岡氏の本拠地となった。

 本城は、高森町の東南部、東方に天竜川を望む標高560メートルの段丘突端に、西方は平地に連なる地に築かれた城。東方下段は急峻な傾斜地で、自然の要塞を形づくっている。

 城内は本丸を除く大部分が開墾され、今は田畑に。本丸、二の丸、三の丸、それに惣溝の各曲輪がはっきり残っている。

 本城の大きな特徴は、舌状の段丘先端から本曲輪、二の曲輪、三の曲輪、惣溝とつくられ、その間に第1〜第5の堀を構え、これが真っ直ぐ連なる「連郭式」の典型的な城だ。

 本城跡の残存状態は、中世の段丘を利用した城跡としては県内で最も良好といわれている。南城は本城の支城で、銚子ヶ洞の谷地を隔てた台地上に城郭の跡を残し、歴代の松岡氏が隠居城として使用した。

 同愛護会では、3年前から一帯の整備を続けており、今回はこれまでなかった本城から南城に通じる進入路を整備した。松川氏の菩提寺である松源寺境内の南側には果樹園が広がっており、所有者の理解でこの一部を伐採、整枝用の針金や棚などを取り除き、そこに新たに進入路を設けた。

 作業は4時間ほどかかり、その後は本城北側の竹林伐採現場を見学した。そこには規模の大きな横堀があると以前から知っていたが、竹林を伐採し終えると、見守っていた会員らは改めて横堀の巨大さに目を見張った。

 この横堀は、東総構えを取り巻くように三の堀の方に向かって降りてくるように掘られ、途中の縦堀と交差。幅20メートルで長さは80メートルのV字形をしており、その下の方には20メートルにわたって石積みが見られる。

 作業に加わった町文化財調査委員会の木村昌之委員長は「前々から大きな横堀があることは知っていたが、これまでは竹林に隠されていたので分からなかった。横堀は巨大で、当時の城郭の全体像がこの横堀によってよく分かる。今後は、古城を含め本城、南城を一体的に整備し、当時を偲べるようにしたい」と話している。
むらづくり基本条例制定へ 豊丘村
松岡城址に巨大な横堀
アフィニスポスター写真に関島さん

製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース