2006年2月15日 >>>戻る
山本慈昭さんの17回忌
 中国残留日本人孤児の肉親捜しに尽力した故・山本慈昭さん(1902―1990年)の十七回忌法要と満蒙開拓に伴う犠牲者の法要が12日、阿智村中央公民館で営まれた。全国から残留孤児や当時の開拓団員約100人が参加し、山本さんの功績と犠牲者を含む御霊をしのんだ。

 山本さんは飯田市伝馬町生まれ。45(昭和20)年の終戦間際、阿智郷開拓団として旧満州(現中国東北部)に渡った。帰国後、日中の国交が回復される前から残留孤児の肉親捜しを開始。「日中友好手をつなぐ会」を組織し、帰国孤児の支援活動も展開して「残留孤児の父」と呼ばれた。

 法要は一周忌、三回忌、七回忌に続いて実施。「残留孤児を招いた悲惨な戦争を再び起こさないように」との願いも込めて、山本さんの命日にあたる2月15日を前に「手をつなぐ会」が企画し、残留孤児や二世らが協力した。

 法要では、会場の公民館ステージに設けられた祭壇に山本さんの遺影が掲げられ、参列者全員が黙とう。「手をつなぐ会」の竹川英幸全国会長は、山本さんが亡くなる10日前に交わした言葉を述懐し、「先生から『後は頼むよ』と言われ、『安心してください』と約束した。命が続く限り、帰国者問題の解決に努めるので、優しく見守ってください」と語りかけた。

 来賓の岡庭一雄村長は「先生の意志を継いで、残留孤児の生活の安定に尽くさねばならない。何よりも世界平和に向けて精進することを誓う」と約束。残留孤児の代表者は「孤児の平均年齢は70歳を超えた。明日の生活も保障されず、夜も安心して眠れない」との現状を伝えたうえで、「故郷の日本に帰って来て良かったと思えるよう、見守ってください」と追悼の言葉を述べた。

 山本さんが生前、住職を務めた阿智村の長岳寺の入亮純住職らの読経に続いて、地元や県内をはじめ、東京都や大阪府などから足を運んだ参列者が焼香した。

 会員の高齢化に伴い、法要は今回で区切りを迎える。「手をつなぐ会」の長野県支部長で、山本さんらと満州へ渡った同村伍和の野中章さん(69)は「再び悲惨な戦争が起こりうる状況にあるが、断じて起こしてはならない。残留孤児の幸せな生活に向けた課題は多く、温かい支援を願う」と話していた。
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製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース