2007年6月5日 >>>戻る
ホテルオオミヤが営業停止
 飯田市宮の前のホテル神明閣オオミヤ(鋤柄邦輔代表、資本金880万円)は4日、営業を停止した。帝国データバンクによると早ければ今週、遅くとも来週には破産手続を開始する予定で、破産処理は同市鈴加町の原正治弁護士に一任した。負債総額は金融機関を中心に約13億6000万円(06年5月決算時点)。

 同温泉の創業は1920(大正9)年とされ、1957年に大宮温泉として法人化。戦前から続く大衆旅館として飯田下伊那地方で親しまれてきたほか、付近に大宮神社を控える立地から結婚式場としても高い知名度を有し、85年の本館改装後は600人を収容できる大広間を備えた宴会場としても年配者や各種団体に広く利用されてきた。また独特の営業手法を生かして地元各種団体を得意客としてつかみ、宿泊よりも大宴会を得意とする施設として重宝がられた。

 82年には阿智村に神明荘を設立し別館「神明荘」を併営。積極的な事業展開にバブル景気が追い風となってピーク時の92年5月期には年商9億1500万円を計上。損益面も92年と2001年には高額所得法人として公示される好調な推移をみせた。

 その後、バブル経済の崩壊など市況が悪化するなかで集客力にかげりが見え出すと、97年にはチャペルなどの建設に総額約15億円を投じる大規模な設備投資を実施。以後はブライダル部門の強化を図り、社名変更によるイメージの一新で若年層の利用客獲得にも取り組んできた。

 しかしこうした新展開は、施設等ハード面の整備にサービスや料理などのソフト面の充実が追いつかないことに加え、少子化、晩婚化によるブライダル市場の伸び悩みや市況の長期低迷など外部要因も重なり思うような集客に結びつかなかった。

 調査を進めていた商工リサーチによると、「設備投資に伴う経費の増大が収支のバランスを崩したほか、重い借入の返済負担が資金繰りを圧迫。資金の一部が事業外へ流出したことも資金面を弱体化させた。さらに阿智村神明荘の経営不振も本体の足を引っ張る格好となり、ここ数年は仕入業者に対する支払いの遅れが常態化していた」という。

 04年1月には神明荘を吸収合併、同年11月には外部から新社長を招へいして経営全般の建て直しに着手。その後は新社長の指揮のもとで経営改善に取り組んできた。

 しかし新社長就任後2期目となった06年5月期は年商6億2000万円を上げたものの、損益面は経費の削減が追いつかず採算割れを余儀なくされ、営業利益段階で約8900万円の赤字を計上した。

 同年春ごろから借入金返済の遅れを原因に、一部金融機関が債権の一部をサービサー(不良債権の回収代行専門業者)に譲渡するなど、同社を取り巻く環境は悪化。07年2月末には前社長の鋤柄氏が社長に復帰して事態の打開を図ったものの、すでに金融支援が限界を超えたなかで資金繰りは破綻状態にあったものとみられている。

 ホテル神明閣オオミヤでは事業を停止した4日午後、正社員約40人とパート約80人に現状を報告。同ホテル関係者は「この施設を壊すことはもったいない。もらい手も民間から数社、名を挙げてくれており、委任売却という方法をとっていければ」としている。

 社員への対応が不透明なことから、飯田商工会議所では「解雇の状況によって対応していく措置も取らなければ」としている。

 同温泉からの支払いが滞っているという取引業者は「最近、取引先が集められ、その旨の内容の説明があった。うちも万歳状態であり困ったこと」と肩を落としていた。
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製作・著作:南信州新聞社/南信州サイバーニュース2007