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秋天の叙情新刊
熊谷茂雄・勝子 判形
四六版上製本330ページ 本体価格 3000円
夫婦の朝日歌壇入選句集

夫婦で仰ぐ高み 『秋天の叙情』出版  昨年の夏の頃、東京都清瀬市在住の写真家で童画家の熊谷元一さんから電話をいただいた。「お前さん、今朝の朝日新聞の短歌の欄を見たかい。また飯田市の熊谷さんが掲載されているけれども、あれはいったいどういう人だい」と。

 他紙であろうとも全国紙に飯田の人が出ていると、なにやら人ごとではなく嬉しいもの。熊谷元一さんの口にする「熊谷さん」とは、朝日新聞の県内版「長野歌壇」ばかりでなく全国版「朝日歌壇」にちょこちょこ登場する熊谷茂雄、熊谷勝子のお二人のことだ。それも、掲載のたびに丁寧に記事を追っていた熊谷元一さんによればどうやらご夫婦らしい。さっそく取材にいった記者から、お二人がご夫婦であることと、また思いがけないことに出版の希望があるという報がもたらされた。

 夫の熊谷茂雄さんは、1921年生まれ、学生時代を大陸で過ごし、四四年には関東軍に入隊するなど死に直面した青春時代を送った。敗戦と共に帰還、県下の小中学校の教壇へ立った。80年3月に退職、退職後に往時を偲んで学生時代詠んだ短歌を中心に第一歌集『彷徨』、戦中戦後の短歌を中心に第二歌集『軌跡』を私家版で作った。また一方で、地域の短歌会の指導なども頼まれ、自己研鑽のよりどころを朝日歌壇に求めた。

 また妻の勝子さんは1928年生まれ。南鮮の女学校・女子師範を卒業後、終戦、引き揚げ、結婚、子育てと慌ただしい日々を送っていたが、夫が短歌会の指導をするようになって、その仲間入り。夫と同じように作歌の杖をと朝日歌壇に挑んだ。

 今回上梓された『秋天の叙情』はこの2人の共著。すべて朝日新聞の朝日歌壇・長野歌壇に選ばれた短歌のみ、3部で構成されている。第1部「回転木馬」は平成になってからの夫の茂雄さんの朝日歌壇入選作120首。「銃を肩に父に従きゆく少年のおびゆるまなざしアフガンは冬」には、若き日の特攻隊を志願した自身の姿と眼差しが二重写しに読める。第2部「窯変のとき」は妻の勝子さんのやはり平成になってからの朝日歌壇入選作100首。同じアフガンを詠んだ1首だが、「こんなにも寂しい風景があったのか 月アフガンの戦跡照らす」。無惨・無力、自身への憤りも含めたそれらに対する怒りが、冷徹な月の光に押さえ込まれた行間に読める。第3部「各駅停車」は1986年から昨年まで長野歌壇に採られた勝子さんの短歌360首余。一部と二部には、詞書きも添えられ、作歌の背景にも想いを馳せてほしいとの配慮がうかがえる。直近の5月5日の朝日歌壇にも「いたましき受難仏に在り立たす納衣のひだに若葉かげさす」という勝子さんの短歌が取り上げられていた。ともに同じ高みを仰ぐ夫婦は今年金婚式を迎える。本の出版は、そのささやかな記念の意味もあるのだと、茂雄さんが恥ずかしそうに言い添えた。

 本書は46版上製本330頁、南信州新聞社出版局刊。