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拓本集 信濃芭蕉句碑めぐり 南信・中信編新刊
小川康路
B5判上製本200ページ 本体価格 3000円
長野県内の松尾芭蕉の句碑の拓本と随筆。中南信編。
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いつしか虜(とりこ)に
松尾の小川さん 芭蕉の拓本集を出版

 飯田市松尾城の小川康路さん(77歳)がこのほど『拓本集 信濃芭蕉句碑めぐり 南信・中信編』(南信州新聞社出版局刊)を出版し、話題になっている。
 平成に元号が代わった頃、40年間勤めた教壇を去って数年が経った。残りの人生で、さて何をしようと思ったとき、ひょんなことから数年後の1993年が松尾芭蕉の300回忌だと知った。まだ数年ある。遊びかたがた長野県下の芭蕉句碑の拓本をとってまわろうと思って始めた。

 ところが碑は思った以上に多かった。芭蕉の信濃俳壇への影響力に思いを新たにするとともに、またその事実が忘れ去られていることにも気づいた。書物でその存在を確認はしていても、地元の人でさえ在処がわからないことが、一度や二度ではなかった。当初はそんな気負いがあったわけではない。物見遊山、遊び半分の芭蕉句碑をめぐる拓本採りの旅だった。けれども遠出をするときは妻も同道するようになり、気がつくと十数年、長野県下を駆け巡ったことになる。いつの間にか芭蕉の句碑が寝ていても夢に浮かぶようになった。

 松尾芭蕉に「八九間空で雨降る柳かな」(『花はさくら』所収)という句がある。これに対して、たどりついた碑面には「五六間空で雨降る柳かな」とあった。阿智村の、かつて旅籠(はたご)を営んでいた旧家の庭から掘り出された碑だ。建立年、染筆者ともに不明であるが、「は志を」という書名もあきらかに「はせを」(芭蕉)を意識したものだ。 また木曽郡木祖村の薮原神社には「祠官奥谷周防守謹誌」と署名のある「杜かげにワれらもきくや郭公 はせを」の句碑がある。筆致のしっかりした句ながら、この句は、芭蕉の句とされる出典のあきらかな約980のなかにも、また誤伝もしくは疑義のある芭蕉句として記録されている約700句のなかにも見当たらない。未発見の句かもしれないが、まるまるの偽作かもしれない。悩んだ末、「芭蕉に関わる例外の句碑」という一項目を設け収載することにした。こればかりではない。崩壊のすすんだ碑面は判読不能な文字も多い。ましてや崩し字、当て字は当たり前。小川さんは、その度に碑の前で立ち止まり、机上の筆を止めた。

 とりあえず、南信と中信のものだけでもまとめておこうと、慣れぬワープロに向かった。本づくりに入り、気に入らぬ拓本を再び採ろうと、また写真を撮り直すため目的の句碑を訪ねると移転されていたことも何度かあった。その度に文章を書き直す作業は時間がかかった。本は、なるべく拓本を大きく配置し、拓の寸法や碑文の書き下し、句の出典や解説、ポイントまでの道筋や碑面を前にした時の感想なども書き加えた。仲間のかつての同僚たちが校正を手伝ってくれたのも力づけられたという。

 こうして約10ヶ月かけて本ができた。200点以上物写真を収めたB5判上製本200ページ。本は、好評。新聞に紹介されると連日のように電話が鳴る。出版社と相談して、100部は書店で販売できるようにした。