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飯田情話 最新刊

 菊判並製本100ページ 定価1200円(税込み)

村沢武夫著 南信州新聞社出版局刊行

「名月」の女将が火つけ
村沢武夫著『飯田情話』覆刻なる

 2002年9月に久保田楼、2004年春に深津楼が取り壊され、かつては小京都と呼ばれ殷賑(いんしん)を極めた飯田の町から、二本松遊廓(ゆうかく)の遺構がまた一つ姿を消した。時代の趨勢(すうせい)とはいえ、明治・大正・昭和と飯田の町の盛衰と歩を一にして栄えた二本松遊廓もいつしか忘れ去られるのだろうか。
 二本松にいち早く着目したのは郷土史家・小林効人で、1931(昭和6)年二本松貸座敷組合から上梓した「飯田遊廓五十年史」がある。その後、太平洋戦争や飯田の大火、売春防止法による赤線廃止など幾多の変遷を経て、二本松の遊廓としての歴史は終えた。しかし、二本松・飯田遊廓に発した花柳界方面の習俗や風情は飯田の町と分かちがたく結びつき、この町の歴史をかたちづくってきた。人と歴史のあやなす飯田遊廓には「阿部定事件」で後にセンセーションを巻き起こす遊女もいた。
 そうした最後の飯田遊廓を書き残したのが、1983年に刊行された郷土史家・村沢武夫の最晩年の論考『飯田情話』だ。しかし、村沢没後はその志を継ぐ者もなく、その本も今は入手し難くなっていた。この程、「明月」の女将野村とのこさんの呼びかけに村沢武夫の長男潤一さんが快く応じ『飯田情話』が南信州新聞社出版局から覆刻になった。心ある士人の目に触れ、飯田遊廓の再評価・再検証の烽火(のろし)のあがることを期待したい。
 覆刻にあたっては、原本の表紙画と題字を担当した熊谷元一氏の画・字とも使用している。本書はA5判110ページ、定価1200円。お求めは平安堂書店並びに南信州新聞社まで。(嶋)