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『馬宿』-近世街道のローマンチズム新刊
著編者・都筑方治
A5判220頁、3000円

 江戸時代、農民の副業として発達した中継馬・馬稼ぎは中馬(仲馬・ちゅうま)と呼ばれ、折々耳や眼にする。大名など人馬を宿場から宿場へ荷物を送る仕事の余暇に、自分馬または駄賃馬で商人の荷物の運搬を請け負い宿場まで運んだ中馬は、当初は宿場から宿場までの日帰りのリレー方式だったが、1672(寛文12)年に「百姓自分荷物付通し」の自由が認められて以来、長いときは往復一月以上もかけて直接目的地まで荷運びをするなど専業化が進んだ。この附馬運送のシステムを中馬といい、馬追いは馬士と呼ばれた。

 また本書によれば、1764(明和元)年、信州でこの馬稼ぎをしていた村が、8郡678村あり、馬数は1万8614頭あったという。この中馬のシステムを支えていたのが、地域各所にあった馬宿で、明治以降、馬車・自動車・鉄道等の運送手段の変化により急速に消滅していったが、著者の調査によれば秋葉街道では1950年代まで存続していたという。著者が10年の歳月をかけて追ったのが、伊那街道・中仙道・三州街道筋の「馬宿」の消長である。中馬の研究は数多くあるが、その事業的環境機能ともいうべき馬宿の調査・研究は本書をもって嚆矢(こうし)となる。

 本書の構成は、「第一章 馬宿について/第二章 馬宿の所在/第三章 馬宿の利用者/第四章 馬宿の発生とその背景/第五章 仲馬の出入と馬宿/第六章 馬宿の宿泊料と事情/第七章 馬宿の営業事情/第八章 馬宿の建築様式の概要/第九章 馬宿と旅籠屋の差異について/第十章 馬宿の冥加金/第十一章 馬宿各論」となっている。各論では、佐久町の余地、根羽村小川、天龍村向方、辰野町下雨沢、阿南町新野の馬宿をイメージ図を交え考察している。

 本書副題に「近世街道のローマンチズム」とある。著者の言葉をかりると、「多くの馬宿は近世末期になり、資力を持つに至り、仲馬方を金融手段をもって、ヘゲモニーの確立を目論み斯界を支配せんとし暗躍したが、大方はうたかたの夢と化した。この美学的幻想は悲しくも時代の主役には成り得なかった。その事を象徴する意味合いを含ませた」とある。著者の過ぎ越し方が偲ばれる一文である。

 著者の都筑方治(つづく・まさはる)さんは、1935年飯島町出身、飯田高松高校から中央大学に進み、卒業後、サラリーマンを経て、1973年都内に建築事務所を創立、代表取締役に就任、現在に至っている。

 群馬県大泉町在住。本書はA5判上製本220頁、本体価格3000円。お求めは最寄りの書店か南信州新聞社まで。(嶋)