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 三石家の一年 伊那谷のまつり 新刊

 B5判上製本74ページ 定価2000円(税込み)
            南信州新聞社出版局

 祀りの心を伝える 『三石家の一年』刊行経緯

 伊那谷の旧家の一年の行事を、写真と文で紹介した『三石家の一年』がこのほど出版された。
 「三石家の一年」は、南信州紙の「祭りを撮る」シリーズの一環として取材され、2000年1月から翌01年3月まで19回にわたって連載された。
 三石家の年中行事は新聞に発表されるや大きな反響を呼んだ。高齢者ばかりでなく、壮年層にも少年時代を懐かしむ声が多かった。失われていく習俗の価値を改めて考えさせられるとともに、失ったものの大きさに思いを馳せ、さらに、守り続ける三石家の人々の生き方そのものに心打たれた人が多かったのだ。
 連載終了後、出版を望む多くの声に支えられ編集作業を進めた。編集に当たっては、再び戸主三石元さんの聞き取り取材に基づき、新聞に掲載できなかった写真や祭祀なども新たに取り込み、文章を全面的に書き改める一方、祭祀の裏方を務めるりゑ夫人の折々の随想文を加えて、時系列に再編集を進めた。
 03年夏に二校が出た。その後、進行をたずねると元さんは、後は「あとがき」と、「三界万霊参り」に関連してもう少し三石家のことを書き足したいと言っていた。しかし、心臓の働きが衰えて定期的に病院通いをしており、その年の暮れ頃から、気力が衰え、なかなか筆が進まないと漏らしていたので、周囲もやきもきしていた。そして、04年4月12日早朝、三石元さんの訃報に接した。遠方から来た親戚と元気に談笑しており、見舞客が帰って後の急変だった。「11日午後9時頃過ぎに息を引き取った」と、親族も、死後、医師から告げられたという。編集作業は一時停滞をやむなくされた。
 四十九日も済んで、久しぶりに三石夫人りゑさんを訪ねると、鉛筆の朱が入った二校ゲラと、元さんの書きかけと思われる「あとがき」を見せられた。すでに取り返しのつかぬ遅滞であったことを思い知らされ、ただただ詫びるしかなかった。元さんの残した「あとがき」全文は以下のとおりである。
「私の家では、新春を迎える神の依代の松飾り、五穀を司る年神様の神棚づくり、恵比須様のお飾りなど、また新年になり五穀豊穣を願う小正月飾りなどの年中行事が家の一大事業です。/家内全員力をあわせて、特に子どもたちも自分の仕事を自覚して、不平一つ言うこともなく飾りつけをします。自分の仕事が終われば他の事も手伝うなど、来る年来る年、立派に飾り、神に豊作と家内安全を祈るのであります。/このような行事も、私たちの祖先がこの地で精一杯生きてきたなかでつくられた習わしです。土の匂いのする、大切に守られて来た祖先の尊い足跡だからこそ続いているのだと思います。/来る年の豊穣と家内安全を祈願する心の奥底には、いかに幸せに生きるべきかという神への切なる願いがいたるところに込められています。それが長い間の伝承となり、現代の年中行事となっていると思います。/幸い我が家も敬神の念も篤く、親から子へ、子から孫へと心の神髄を伝わり流れるものがあるからこそ、今日に到るまで受け継がれているのだと思います」
 年中行事を守り続けた元さんの心がひしひしと伝わってくる。そして、失ったものが行事や祭祀ではなく、祀る心そのものではないか、と気づかされ、慄然とするのである。その思いは、そのまま引き受けて、私たちの机上におかれねばならないだろう。本書はそうした意味でも出版されねばならなかった。せめて一周忌の霊前に供えることができるのを慰めとしたい。(嶋)