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中村壁と遺墨たち』 最新刊

 四六判108ページ 定価1200円(税込み)

村澤 聡 著 南信州新聞社出版局刊行

忘れられつつある

峡谷の時間と文化へアンチテーゼ

 一昨年から昨年にかけて南信州新聞に連載され反響を呼んだ二本のルポルタージュがこのほど一冊にまとまり刊行された。村澤聡著『中村壁と遺墨たち─誇るべき明治の飯田文化』である。
 一本は2006年6月から7月にかけて10回にわたって「風土への誘(いざな)い 中村壁を探して」で、地元伊那谷の赤土をつかって創作活動を続ける美術家林正彦さんのこだわりに付き添うかたちで、戦後までは需要のあったという地元産の壁土「中村壁」を追う。もう一本は08年5月に12回連載された「遺墨たちのよみがえるとき」で、副島種臣や三条実美など明治の元勲たちの書が伊那谷のあちらこちらにあることに疑問を抱いた著者が行きつ戻りつする思索と取材をリアルタイムに記録、峡谷に埋もれていった明治の飯田の歴史と文化を浮かび上がらせた。
 著者の村澤聡(55歳)は本紙文化芸術分野担当記者。「あとがき」で、表題に触れて「掛け軸は壁に掛けるものであり、それが日本の壁ならば墨書こそが相応しい。もちろん、それを意図した連載でもなかったのだが、結果的にこの二つの事柄は関係することになった」と書き、「何という豊かさであろう。風雪を凌ぎ、歴史を繋いだ豪勢な梁の姿に出合ったときの感動に似たものが、中村壁と遺墨たちとの出合いにもあった」と書き終えた感動を記している。底流に、近代国家建設で激動する政治経済の渦中にありながら、一方で、茶や書を楽しみながら豊かに、そしてゆるやかに明治の飯田への憧れが感じられる。そうした著者の視線や姿勢が、そのまま昨今忘れられつつある峡谷の時間と文化への痛烈なアンチテーゼであることは言うまでもない。似非学術書の難解さに陥らず、ルポルタージュの手法を駆使し、何気ない日常から地域の歴史と文化の深淵に触れたジャーナリストならではの一冊。一読をお勧めする。
 本書は、四六判108頁、定価1200円(税込み)、本書のお求めは平安堂各店または南信州新聞社まで。(嶋)