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冷果集 最新刊

B6判並製本190頁、定価1200円(税込み)

丸山東一・初瀬著 南信州新聞社出版局刊行


島木赤彦の娘婿夫妻の遺稿集を復刻

アララギ・ヒムロ系歌人のバイブル『冷果集』刊行

 丸山東一・初瀬夫妻の遺稿歌集『冷果集』が復刻出版になり、話題になっている。
 戦中から戦後にかけて、飯田下伊那のアララギ派の隆盛の礎を築き、夫妻ともども若くして亡くなった丸山夫妻の遺歌集は、没後十二年経過した戦後昭和二十八年になって、木下右治を中心とした飯田・下伊那在住のアララギ・ヒムロ同人及び会員の支援で刊行された。戦後の紙不足の影響もあって、慎ましやかな本だった。しかし、それから半世紀。もともと自費出版で大部数をつくったわけではないらしく、現在では一部関係者の手元に愛蔵されているだけで入手困難になっていた。
 歌集には、天龍川や下久堅など飯田下伊那の暮らしが長かっただけに地域の景物や雰囲気が詠われている。
 飯田下伊那のアララギ・ヒムロ系歌人にとって、忘れられてはならないこの先学の魂の結晶を復刻しようという声が、飯田の歌人や関係者からあがり、発起人会を設置、予約出版という形で南信州新聞社出版局から刊行にこぎつけた。
 復刻版は、原本の質素な雰囲気を残しつつ、判型はそのままに活字を写真版で130%程度まで拡大し、読者の便を図った他、新資料や刊行の経緯を記した頁を数頁加えている。
 ちなみに、丸山東一は明治二十八年、飯田市箕瀬に生まれ、飯田中学から長野県師範学校を卒業、訓導・校長として県下教育界に足跡を残した人。大正十二年に島木赤彦に師事、同十五年に八歳年下の赤彦の二女初瀬と結婚。後に上久堅や下久堅の小学校長、飯田小学校教頭を務める傍ら、下伊那地域へ短歌の普及に尽力した。ところが昭和十四年四月、妻初瀬が急性肺炎で逝く。十一歳の長女を筆頭に一女二男の遺児の世話を男手一つに引き受けながら校長職に多忙な生活を送ったが、昭和十六年八月敗血症のため帰らぬ人となった。「冷果」は丸山東一の雅号である。
 今回の復刻の発起人は、伊丹友直・岡村美文・片桐文子・木下秋彦・小島希典・下平勝俊・関口朝子・松澤成海・松本博美・三石 尊(敬称略・五十音順)。 本書はB6判190頁、定価1200円(税込み)、お問い合わせは、南信州新聞社、または各書店まで。(嶋)