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彩魚新刊
田畑博之・光代 判形
B5判上製本64ページ オールカラー 本体価格 3000円
不慮の事故死で逝った田畑博之さんの木彫作品集

遺作写真集『彩魚』刊行
 製作過程に寄り添うように編集

 木彫家の田畑博之さん(37歳)が宮田村の山林内の谷に軽トラックごと転落するという不慮の事故で亡くなって、もうすぐ1年になる。釣りの専門誌『Fly Fisher』のトップグラビアを飾るなど、木彫りに彩色した、まるで生きているかのような魚たちを次々に彫り出し、注目を浴びていた矢先の出来事であった。「どんな作品でも手を抜けない人でした」と妻の光代さんが語るように、作品の対象でもあり、放流を目的に育てていたカジカの餌にする川虫を捕りに出かけたおりの事故だった。

 田畑さんは1965年駒ヶ根市に生まれた。東京での会社勤めの傍ら彫り始めた木彫の魅力に憑かれ、94年から淡水魚を中心に彫り始め、98年にはその拠点を宮田村に移した。「彩魚」と名づけられた彼の木彫彩色の魚たちは、00年には日本選抜作家として中国南京美術展に出品されるなど、各界の注目を浴び始めていた。東京での展覧会が中心だったが、02年12月8日には地元で初の個展が予定されていた。事故は、その一月前。急を聞いて駆けつけた宮田村のアトリエには、出番を待つ彩魚たちが主人の死を知らず、ぬめるような光を放っていた。

「地元での初の個展が遺作展になるなんて」。涙を湛え腫れあがった瞼の光代さんが語るには、個展は今さら中止できないが、買い手が決まり散り散りになるであろう夫の作品(光代さんは「子どもたち」と呼ぶ)を何とか留めておく術(すべ)はないか。混乱していた彼女に知人が写真集にして残すことを勧めてくれたのだという。とりあえあずアトリエの彩魚たちを夜遅くまでかかって撮影した。幸い過去の作品は、博之さんが自ら撮影したものがあり、作品集の大半はそれを使うことができた。

 博之さんの急逝を伝え聞いて、今でも彼のファンが日本全国からやってくる。その応対に追われながら、博之さん亡きあとの悲しみに耐え、諸々の整理をしながら、光代さんは遺作集の編集作業を続けた。それは作品を通して亡き博之さんと向かい合う毎日だったという。博之さんの製作過程に寄り添うように編み上げられた作品集は、ある意味夫婦の辿った年月の確認であり、それぞれの新しい一歩への道標でもあったように感じられた。その作品集『田畑博之作品集・彩魚』(南信州新聞社出版局)が一周忌を前に刊行された。作品集を手にした博之さんの母親は「こうして並べて見ると、作品ひとつひとつに、あの子の優しい面が出ていますね」と感想を口にした。

 本書はB5判上製本64ページ、オールカラー、本体価格3000円。作品が制作順に55点収載されている。300部の限定製作。