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竜東索道〜盛衰とその時代〜 残部僅少

A4判110ページ、定価1500円(税込み)

 この程、喬木村教育委員会が索道の記録集『竜東索道』をまとめた。竜東索道は竜東索道株式会社によって大正8年に計画され、同12年に竣工、昭和16年には経営不振により、その短い歴史を閉じたが、人々に忘れがたい印象を残したようだ。
 索道(さくどう)と聞いてもピンとこない人も多いに違いない。広辞苑によれば「架空した索条に搬器をつるして人または物を運搬する設備」とある。鉄道と自動車による輸送手段が未だ整わなかった頃、山奥の森林資源を運び出し、また山深い集落に生活物資を輸送したロープウェーである。飯田下伊那にも大正期、飯田・水留野間を結んだ飯田索道、松川町上片桐・生田間にあった部奈索道、大鹿村にあった伊那商事索道、そして喬木村小川・上村程野間を結んだ竜東索道が相次いで架設された。森林資源の需要とともに架設され、交通網の整備で次第にその姿を消したが、険阻な山々をゆらりゆらりとのどやかに越えていく様はなにか心をうきうきさせるものがあった。
 本書は、聞き書きとそれに基づいた描画、貴重な写真とともに忘れられていく索道そのものの歴史的意義を、当時の谷の人々の暮らしを辿ることによって記録しようと試みた希有な記録集である。第1章「小川路峠越えの時代」、第2章「遠山谷・山の仕事」は索道以前の人々の暮らしと信仰が描かれる。また第3章「竜東索道」、第4章「索道輸送とその情景」、第5章「索道の消長」では、絶妙の挿し絵ととも、索道架設によって変わっていく谷間の生活がに描かれている。あの『日本百名山』の作家深田久弥もハラハラしながら搬器にしがみついて矢筈峠を越して喬木村小川渡から光岳を目指したという。第6章は索道がなくなったあとの「赤石林道と三遠南信自動車道」建設の経緯が語られる。どの頁もカラーの写真と描画を中心に読みやすいものとなっている。往時を知っている人にとっては限りなくノスタルジィーを掻き立てられる1冊である。本はA4判110頁、定価1500円。 喬木村教育委員会でも扱っている。(嶋)