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潮騒の伊那谷 最新刊

 四六判上製本400ページ 定価2200円(税込み)

後藤拓磨 著 南信州新聞社出版局刊行

異色の伊那谷古代史


 2003年7月から04年10月まで南信州新聞に長期連載された異色の古代史論考「私たちは、忘れてしまったのだろうか?──海を越えてやってきた古代氏族・伊那部のなぞを追う」がこのほど『潮騒の伊那谷』と題して上梓された。
 著者の後藤拓磨さんは1955年売木村出身、本社記者を経て、95年からフリーのジャーナリスト。信州伊那谷の「イナ地名」のいわれを追い、日本全国の社寺や遺構を踏査。後藤氏の思惟(しい)は、定説に囚われることなく、歴史を縦断し、時空をを遡(さかのぼ)り、文学と歴史のあわいを行き来する。
「あとがき」で、著者は、歌人であり学者であった折口信夫が自らの存在を「学者仲間にまじると、歌人臭が強くなる。反対に歌人仲間にまじると、学者臭が強くなる」と両生類のカエルに擬(なぞら)えたのにならって、自身を「漆黒の闇に羽ばたくコウモリ」に見立てている。いわく「歴史学者は言うだろう。『これは、ミステリー風の文学か、はみ出し地方紙記者のルポルタージュに過ぎない』と。しかし、文学の側は、こっちに来るなと拒むだろう。批判好きなジャーナリストたちも、口を尖らせていうだろう。『おまえは、おれたちの住人ではない向こうへ行け』」という場が、即ち、コウモリの物を考え、書くことを選んだ場だ。導きになる灯とてない誰も歩んだ者はいない「漆黒の闇」が支配する世界だ。
「第1部 西伊豆・松崎│海鳴りの町へ」は、30章からなる著者の探索踏査行。「第2部 古代の摂津へ、イノシシ伝説を追う」30章はめくるめく時空への旅だ。「第3章 二つの旅から見えてくるものは─」6章は旅の中継点で著者の思考が漂うところである。
 評価は読んだ人が下すしかない。普通は人が本を選ぶが、この本は、本自らが読む人を選ぶ。異色の伊那谷古代史の旅に旅立てる読者は限られている。(嶋)