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伊那谷の民俗と思想新刊
四六判上製本224ページ 本体価格 1800円
後藤総一郎明治大学教授の最後の著書

こころは谷を思う〜『伊那谷の民俗と思想』発刊
後藤教授遺著の刊行経緯にふれて

明治大学の後藤総一郎教授から電話をもらったのは2002年7月の中頃だったと思う。内容は、2000年3月に刊行した『柳田学の地平線』(信濃毎日新聞社刊)以後の、伊那谷関係の講演録と論文に、書き下ろしの数編を加えてまとめ、『伊那谷の民俗と思想』という本を出版したいので協力してほしい、とのことだった。後藤先生については、以前明治大学のゼミの学生先生たちと10年がかりで『飯田・下伊那雑誌新聞発達史』をまとめた経緯もある。この春先、体調を崩されて入院されたと聞いていたので、電話の向こうの、元気な、そして張りのある声に接して嬉しく思った。

1週間も経ずして原稿が送られてきた。書き下ろし数篇、講演記録1篇は8月上旬の来飯予定までに送るということであった。入力を急ぎ、また別送されてきた講演記録を組み込みを始めた。8月5日飯田市のホテル三宜亭のロビーでお会いしたときも、歩行と会話にまだいくらか病の影を曳いていたもののお元気であった。本の装幀や条件を詰める作業の中で、かえって病み上がりだったわたしの体調を気づかってくれる程であった。9月5日に第1校が出来上がり、宅配便で鎌倉の自宅に送った。しかし、いつもであれば、数日の内に、あの独特な万年筆の字で、原稿の着信と叱咤激励ともつかぬ今後の予定を知らせる便りが届くはずであったが3週間たっても音沙汰がない。10月になって自宅に電話すると、三枝子夫人から、再入院を知らされた。突然の入院だったが、しかし、病院のベッドでも書き下ろし予定の原稿を書いているというので、刊行の進行は先生の体調次第と決め、しばらく連絡をさしあげずにいた。しかし、転院や入退院の闘病生活が始まったのはそれからだった、と、暮れ近くなって知人から知らされた。そして1月の訃報に接した。

 先生が亡くなって後、諸々の流れから考えるに、あの電話は、おそらく先生が映画「阿弥陀堂だより」を夫人と一緒に観た直後のことであったろうと推測された。「阿弥陀堂だより」について、後藤先生は遺著になった本書『伊那谷の民俗と思想』(南信州新聞社出版局刊)の序で「久しぶりに映画を観た。/そして久しぶりに映画に噎んだ。/このところ、しばらく映画を観る機会をもてなかったこともあってか、あるいはこの春、少々体調をくずしたあとだったからなのか、こんなにもだらしないと思うほどにわたしの感情にストレートに突きささり、激しく揺さぶった映画を観た体験もその記憶もない」と述べている。映画は、東京の大学病院の先端医療の第一線で働いている有能な女医が心の病にかかり、夫のすすめで彼の故郷である北信濃の田舎に戻り、美しい四季の移ろいのなかで、人間として「生きること」の原点を見いだしていく、というものである。詳しい映画の紹介はおくこととして、今、上梓された遺著を手にして改めて思うことは、後藤先生が、この映画の中に「喪っていった多くの生活と精神を支えていたいわゆる民俗的世界の諸々の事象が思い出され、合理主義の名のもとに打ち捨ててきた、日本人の不合理ではあるが、自然と溶けあい自然を神として敬い祀ってきたアニミズム信仰の敬虔な精神の喪失が、今日のさまざまな精神と倫理における病理を生み出している」と感じ、自身への励ましと、また自戒の意味を込めて、この本の発刊を思い立ったのではないかということだ。

 先生が亡くなったあとの虚脱状態の中で、この本には手をつけることができなかった。後藤先生がベッドの上で校正していた原稿や最後まで気にしていた書き下ろし原稿の行方も気にかかったが、あえて追わなかった。1度、関係者と称する人から連絡があったが要領を得ず、連絡はそれきりだった。

 再びこの本の企画が動き出したのは、03年の春先のことだった。11月1日から3日にかけて飯田市美術博物館で開かれる「常民大学のζ30周年研究集会」にあわせて、遺作になった本書を刊行したいという連絡が、伊那民俗学研究所のスタッフから入った。研究集会は、柳田国男の学問を基軸に学びを深める全国のζ10カ所の常民大学が一堂に会する。いうまでもなく後藤先生は、それらの常民大学の推進者で主宰講師でもあり、求心力であった。本は当日に向けて2校、3校と手を入れられ、ようやく刊行の運びとなった。

 30年を歩みを記念する集会は、期せずして、後藤総一郎亡き後の常民大学の再出発であり、今後の常民大学の行方も左右しそうである。後藤先生は常民大学の活動を通して、全国に多くの学びの種を播き、それが着々と育ちつつある。しかし、やんぬるかな、求心力そのものが育たなかった恨みもまた尽きない。

 本書は「天龍水系の世界観」「大鹿歌舞伎の民俗思想史的考察」他5篇からなる第1章「伊那の民俗」、「満島捕虜収容所の思想史的検証」「『天龍村史』始末記」他3篇の第2章「伊那谷の思想」、書き下ろしの「松澤太郎〜読書の人」など伊那谷の人物4人の評伝を集めた3章「伊那谷の人と思想」、5章「惜別」では武井正弘、柳田為正両氏への追悼の文、まえがきは後藤総一郎、あとがきは三枝子夫人が書いている。

 本書は四六判上製本224ページ、本体価格1800円。研究集会で紹介された後、市内書店でも販売される予定。