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下伊那の寺子屋新刊
下伊那の教育史研究会
B5判272頁 本体価格 2500円
飯田下伊那に残る寺子屋史料と考察
埋もれさせてはならない貴重な資料
15年の集大成「下伊那の寺子屋」発刊

 1878(明治19)年の文部省による「私塾寺子屋遺漏取調べ」によれば、全国の寺子屋は15,560、そのうち信州は1,346とある。全国597郡のうち504郡の報告書をもとにした資料なので、その数字を鵜呑みにはできないが、同書でみる限り信州は寺子屋の普及率が全国一ということになる。下伊那関係では、私塾25、寺子屋31であわせて56となっている。いずれにせよ、学制発布以降も近代の教育制度が根づく以前の、寺子屋を中心とした教育が広く普及していたことがわかる。また、飯田下伊那地域には県内最古の寺子屋の記録の他、諸々の寺子屋関係資料が比較的よく保存されている。この資料の存在は研究機関や学会には注目されていて、研究や論考ではたびたびとりあげられていたが、地元での基礎的体系的な研究はいままで手つかず状態であった。

 下伊那教育会では1987年に、5年がかりで『下伊那教育会百年史』まとめたが、その反省会で、『百年史』の編集委員から、寺子屋など『百年史』に盛り込めなかった近代の教育制度が始まる以前の教育史を書き残そうという声があがった。翌年88年3月、本の編集に携わったζ11人の有志が「下伊那の教育史研究会」(木下秋彦会長)を組織し、当面の課題を寺子屋の調査と決めて活動を開始した。その後91年から5年間にわたって郷土誌『伊那』へ投稿しながら活動を進め、96年12月で一応の完結をみた。

 当初からの計画通り、下伊那の教育史として1冊の本として上梓するため、発表原稿に加除追加の訂正を加えながら編集作業をすすめた。この間、当初のメンバーは石川正臣、片桐億、木下秋彦、林登美人、林正直、藤田隆美の6人に絞られ、さらに刊行を目前に石川・片桐の両氏が不帰の客となったが、故人の遺志を受け継ぎ、「この貴重な資料を埋もれさせてはならない」と残された委員が中心となって、連載終了からほぼ5年、会の活動開始以来15年がかりで刊行にこぎつけた。

 構成は「藩学・私塾・寺子屋普及調査の歩み/下伊那における寺子屋の分布/下伊那における私塾・寺子屋の開設/城下町飯田の宮下塾/教本からみた男女の違い/宮下塾にみる浜次郎・しんの用法帖/飯田近郊農村竜丘地区の寺子屋/北部農村田村新井敷きの寺子屋/寺子屋における式目と塾則/多様な寺子屋の実態(一)(二)/寺子屋師匠に対する謝礼/寺子屋の行事/現在に続く松尾の天神祭/特色のある下清内路の天神祭/記録・保存されている教本類/学制頒布と寺子屋の閉鎖/飯田下伊那の家塾と私塾/飯田の藩学/私塾寺子屋の筆塚と頌徳碑」の20章からなっており、6人が分担執筆している。

 本書はB5判272頁、本体価格2500円。本書のお求め・問い合わせは、〒395-0002 飯田市上郷飯沼3263-1 林登美人さんか、または、最寄りの書店、南信州新聞社まで。